AIプロダクティビティを再定義する認知科学者・Qi Chenに聞く

「人はアプリではなく"流れ"で考える。ツールはその営みに合わせるべきだ。」-- Qi
Qi──認知科学研究者であり、初めての起業に挑む創業者が語る、AI・フォーカス・そして新しい働き方のかたち。
Qiはその後、2025年12月20日に富士通Uvance川崎タワーで開催されたTRAE主催のみんなハッカソン2025にCreatorLaboのメンターとして参加。認知科学とAIに関する独自の視点を、次世代のビルダーたちに届けました。

アカデミアから偶然生まれたブレイクスルーへ
多くのAIプロダクトは、ミーティングメモやコードアシストなど、機能リストから語られがちだ。しかし Qi のキャリアはその文脈とは大きく異なる。彼は約10年にわたって 認知科学の博士課程 に身を置き、「人がどのように情報を理解し、構造化し、断片からパターンを推測するのか」を研究してきた。
初期研究では、数文字の手書きサンプルからスタイルを推定し、そこからフォント全体を再構成する機械学習モデルを開発。デザインが目的ではなく、「人間がどのように抽象化を行うのか」を理解するためのプロジェクトだった。
転機は日本でのインターン時に訪れる。日本語ASR(音声認識)モデルをゼロから構築してほしい──そんな無茶に見える依頼を受けたのだ。当時、彼は音声工学も音響処理も学んだことがなかった。それでも研究者として問題を分解し、構造を理解し、実験を積み重ねていった。
結果として生まれたモデルは、後に 「日本語ASR領域で最も使われる"スクラッチ構築のオープンソースモデル"」 として広く採用されることになる。
「未知の分野でも、基礎にあるパターンさえ掴めれば、意味のある成果を出せると実感しました。」
なぜ"今のAIアシスタント"は働き方を理解できていないのか
2023〜2024年にかけてAIツールが急速に普及するなか、Qi はある根本的な問題に気付く。 現代のワークフローはあまりに断片化されている、ということだ。
オンライン会議、IDE、ドキュメント、動画チュートリアル、Slack──人は常にアプリ間を移動し、毎回コンテキストを失う。それにもかかわらず、AIツールのほとんどは「アプリ単位」で設計されている。
さらに、ユーザーインタビューから分かったのは、ミーティングBotへの強い嫌悪感だった。
「録画Botが入ると、空気が変わる。助けではなく、監視のように感じる人が多い。」
Qi と共同創業者は、そこで "静かにワークフロー全体を理解するAI" という方向へ舵を切る。 ミーティングに乱入するBotではなく、作業の合間や遷移を捉え、邪魔することなく「流れ」を維持してくれる存在だ。
その発想の裏には、彼自身の極めてユニークな働き方がある。
AIと"8時間対話する"創業者
Qi のAIとの向き合い方は一般的なそれとはまったく違う。 AIを「ツール」としてではなく、"同僚"として扱っているのだ。
「Claudeは同僚みたいな存在です。毎日8時間くらい話しています。」
アイデアを整理し、意思決定の材料を揃え、行動計画を作り、複雑な問題を一緒にほぐす。Qi はまるで研究室のパートナーに話すかのように、Claude に長期文脈を共有しながら仕事を進める。
使用量があまりに多く、4時間制限にたびたび引っかかったため Claude Max にアップグレード せざるを得なかったほどだ。
Qi にとってAIはもはや「チャットボット」ではなく、"第二の認知スタック"と言える存在になっている。
日の"流れ"を理解できるAIへ
Qi が目指すアシスタント像は、派手な機能を積み上げることではない。 そして既存のAIアシスタントのように、アプリごとに役割を限定することでもない。
彼の視点はもっと本質的だ。
現代の働き方はアプリではなく "流れ (flow)" によって構成されている。 だからAIも、その流れに寄り添う存在であるべきだ。
「人はアプリで考えない。流れで考えるんです。」
Qi が見据えるのは、断片化し続ける働き方の"つなぎ目"を理解し、静かに支えるAIだ。
若い起業家へのアドバイス
研究者から創業者へ──Qi のキャリアシフトは容易ではなかった。アカデミアは「美しさ」を求めるが、スタートアップは「スピード」と「顧客」を求める。振り返って Qi はこう語る。
「初めての創業者は、自分が面白いと思うものを作りがち。でも市場が求めるものとは限らない。」
彼のアドバイスはシンプルで、しかし経験に裏打ちされている。
- ユーザーとの対話は想像以上に早く始めること
- "完璧に準備ができる前" に出荷すること
- プロトタイプに惚れすぎないこと
- 問題そのものに学ばせてもらう姿勢を持つこと
- 数週間ではなく「数年続けられるペース」を見つけること
そして最後にこう付け加えた。
「自分に対して忍耐強くあること。クリアさは時間とともに生まれる。」
数週間後に対談を再開したとき、Qiはミートアップやイベント、深夜の開発セッションを重ねた直後でした。話題は哲学から実践へ——スタートアップの進化と、彼の仕事を形づくる日々のリズムへと移っていきました。
プロダクトの"転換期"に起きていたこと
創業から約1年が経ち、彼自身とプロダクトの両方に変化が起きていた。
数ヶ月にわたるミートアップやユーザーインタビューを経て、Qi の中で明確になったのは「作業そのもの」ではなく「作業のあいだ」に横たわる深いギャップだった。
「ユーザーとの対話が増えるほど、"不足しているもの"が見えてくる。それは機能ではなく、働き方そのものに存在するギャップなんです。」
当初、彼らはAIアシスタントを"タスクの中で何かをしてくれる存在"として捉えていた。しかし、ユーザーの声に耳を傾けるほど、問題の本質は別の場所にあることがわかってきた。
"ユーザーは何に困っているのか"を問い直す
Qi は率直に語る。初期は典型的な「初回プロダクトの罠」──つまり自分たちが面白いと思う方向に作ってしまう──に陥っていたと。
ところが1年近いユーザーリサーチを通じて、より深い問題が浮かび上がってきた。それは、「タスク間の切り替え」に潜む巨大な認知コストだ。
「人はタスクの中では集中できる。でもタスク間の"移行"で大量のエネルギーを失う。」
ミーティング→コード→Slack→資料→再びミーティング。 この断片化された流れこそが、人々の思考を分断し、創造性を奪う。
Qi は言い切る。
「ユーザーが本当に求めているのは"新しいツール"ではない。"摩擦を減らすこと"なんです。」
プロダクトの方向性はゆるやかに、しかし確実に変わっていった。 機能による差別化ではなく「フローを保つAI」という新しい軸へ。
日を"2つのサイクル"に分ける、Qi の独自ワークスタイル
インタビュー後半で最も興味深かったのは、Qi の日々のリズムだ。 彼はほぼ10年間、昼寝を習慣化し"1日を2つの日"として扱っているという。
「昼寝から起きると、毎回"朝"が来たように感じるんです。思考が完全にリセットされる。」
午前は探索とアイデア出し。 昼寝を境に、午後は実行とまとめに集中。
これは時間管理というより「認知のスイッチング」のための仕組みで、Qi はこれを"最高のリセット方法"と表現する。
米国で研究していた頃、日本との時差の関係で自然と2サイクル生活になったのがきっかけだが、今では意図的にその構造を維持している。
「午後の"2日目"は、頭がリブートされた状態で始まる。」
このリズムと、彼のAIとの働き方が深く結びついていく。
"AIネイティブ"という生き方に気づいた瞬間
Qi 自身が「AIネイティブ」だと気づいた瞬間の話は印象的だった。
Claude を"8時間話し続けるパートナー"として使う彼は、以前から使用制限に悩まされていた。しかしClaude Max が登場したことで、それが一変した。
「Maxプランが出た瞬間、自分の働き方が急に"普通"になった気がした。」
Qi にとって AI は、情報処理の加速装置ではなく "思考の外部拡張" に近い。
タスクのサポートではなく、思考のための鏡、会話相手、整理役。 AIと共に生活し、AIと共に考える。 それが当たり前の生活になっている。
私は「あなたは真の意味でのAIネイティブ第一号かもしれない」と伝えると、Qi は笑いながらも否定しなかった。
人・情報・偶然をつなぎ合わせる"認知マップ"
会話が終盤に近づくにつれ、Qi はときどき人の名前をホワイトボードに書き留める理由を話してくれた。それは単なるメモではなく、彼にとっては「関係性の地図」を描く行為だという。
「新しい人に出会うたびに、地図の形が変わる。その人の"役割"は固定されていなくて、文脈によって姿を変える。」
これはネットワーキングではなく、認知科学者らしい"パターン観察"に近い。 Qi の頭の中では、概念も人も事象も、複雑なネットワークとして結びつき続けている。
タスクや役割単位ではなく、システムとして世界を見る発想。 それが、Qi の独自のプロダクト観を支えている。
インタビュアー: Billy Qiu ゲスト: Qi Chen -- Paraparas CEO 兼 共同創業者 | 認知科学 Ph.D. 場所: 日本・東京・中目黒のカフェ 日付: 2025年10月26日